三陸うめちゃんコラム
三陸うめちゃんコラムvol.20 ~大槌町林野火災(前編)~

○予兆
東日本大震災から15年。地震への備えを見直したり津波を想定した避難訓練が行われる3月に入ってから、防災おおつち広報のLINEのお知らせで「山火事防止運動のお知らせ」と「林野火災警報」「林野火災注意報」が毎日のように発令され、4月入って「暴風警報」も発令されるなど乾燥し風の強い日が続いていました。
加えて4月18日(土)には「クマ出没」、そして4月20日(月)には三陸沖を震源としたマグニチュード7.5の地震に伴い「津波警報」が発令されました。
〇地震と津波、初動と対応

3mの津波が押し寄せる危険性があると報じられるや否や皆が高台への避難行動をとりました。その後、津波の到達は概ね1m未満で、21時には警報から注意報に切り替わり、24時前には注意報と避難指示が解除されました。翌朝、ゴミ収集は通常通り行いますと通知がきて、地震で運転を見合わせていた三陸鉄道も午後からは運転を再開しました。


「北海道・三陸沖後発地震注意情報」が発表されたことで、今後一週間程度は「速やかに避難できる準備をしてください」とのことでした。近しいひとたちはSNSで高台にすぐに避難したことを報告し、安否確認情報サービスなども活用して自分は無事だということを知らせる友人知人も多くいました。昨年12月に大きな地震が夜中に来たこともあって、初動は早く、その後の対応もスムーズだったように思いました。
〇火災発生、初動と対応

(左:小鎚徳並地区/右:大槌町中心市街地より吉里吉里方面を望む)
そして翌4月22日(火)、大槌町ではまず小鎚(こづち)の徳並(とくなみ)地区で火災が発生。消火活動による通行止めと避難所が開設されました。そのわずか1、2時間後、その場所から10km近く離れた吉里吉里(きりきり)地区で火災が発生。この地区にも避難所が開設されました。



山火事が起きやすく拡がりやすい条件の中で、夕方から夜にかけて吉里吉里に隣接する地域に次々に避難指示が出され、開設される避難所も増えていきました。黒い闇の中にオレンジ色の炎の様子を捉えた写真や動画が次々に報道やSNSで上がってきました。この間、通行止めの情報だけでなく、テレビやラジオの電波を送信する放送所にも火の手が迫ったことから、影響が出る場合はAMで情報を伝えるというお知らせも入りました。翌朝まだこの時点では、大槌町の中心市街地エリアには避難指示が出ていなかったので、それらの地区のゴミ収集を通常通り行うと通知がきました。三陸鉄道やバスの区間運転見合わせのお知らせの間に火の手は住宅地に迫り、地元消防団は夜通しの消火活動にあたります。
火災発生直後に大槌町から自衛隊の派遣要請があり、2箇所目の火災発生の頃には岩手県から災害派遣要請を実施。23日朝には災害救助法の適用決定。東北のみならず東京都などの関東からも緊急消防援助隊が大槌町で活動することになります。
〇地域の力、つながりの力
大船渡林野火災では、避難指示が出た地域では、その後しばらく自宅に帰れない日々を過ごしました。自分の家が被災したかもわからない状態で何日も過ごしました。大槌町の吉里吉里の場合は、発生した火災が山から下に降りてくるような拡がり方をしたので、住宅地に侵入しないように地元消防団は最前線で、避難対象ではない地区の住民は延焼防止の散水をするなどしていました。大船渡の林野火災に次ぐ被害が予想される中でしたが、役場に務める者も、民間企業に務める者も、暮らしている地域の消防団員として最前線に向かいました。小鎚地区は川に水利を求められる一方で、吉里吉里地区は川がないので水利に乏しく、鍬(くわ)を使って延焼を遅らせるため熱源の中で活動を続けました。

(鍬を使って消火活動をする消防団員)
東日本大震災発災前の大槌町の人口は15,276人。震災津波(関連死含む)で1,286人が犠牲となり、震災から15年を迎えた2026年4月1日現在で9,655人。実に35%以上も減少しました。当然、消防団員数も減少しているはずです。今回だけでなく津波や大雨の際にも昼夜を問わず見回り活動をしている消防団員は知っているのです。津波で家が流されてやっと山側の高台に再建した家が今度は火災で失われるかもしれない。それだけはなんとしても「食い止めねーばねぇ・食い止めなきゃない(食い止めなければならないの大槌弁)」という一心で、鍬を構えたのでした。

(一夜明けた小鎚徳並地区)

(町内最大の避難所になる城山公園体育館がある城山から吉里吉里方面を望む)
〇支援の力、あの時の経験


隣接する宮古市や山田町からはすぐに支援物資が届けられました。大槌町、釜石市にはたくさんの消防車が集まりました。自衛隊と緊急消防援助隊、地元の消防団を含め約1,500人規模での消火活動が始まりました。大槌町全域が白い煙と煙の匂いで覆われ、雨が降らないことを悩ましく思いました。

(三陸道や45号バイパスなど主要交通網が交わる沢山地区に迫る火の手)

(墓地や家屋に迫る火の手)

(緊急消防援助隊と共同で消火活動をする大槌消防団員たち)
山田町や釜石市でも町外避難所が開設され、町内山側の金沢(かねざわ)地区ではペット同伴の避難所が開設されました。宮古市や宮城県気仙沼市にもペット同伴可能な避難所が設けられました。これまでの災害の教訓が生かされた事例だと思います。中間支援団体やふるさと納税の代理業務による募金や義援金活動も始まりました。一時、町民の3割にあたる1558世帯3257人が避難対象になりました。

(城山公園体育館に設置された避難所の様子)
避難所には営業をしている地元店舗から購入されたおにぎりやパン、お弁当が用意されただけでなく、支援団体による温かい豚汁なども比較的早い段階で振る舞われました。
この温かい豚汁がきっかけになったのか、避難所で、そして消火活動にあたる隊員の宿営拠点(ベースキャンプ)で大槌町民による炊き出しが次々に始まります。(後編に続く)
掲載写真:すべて大槌町の友人知人の撮影によるものです
New Article
Archive
- 2026年4月
- 2026年3月
- 2026年2月
- 2025年12月
- 2025年11月
- 2025年10月
- 2025年9月
- 2025年7月
- 2025年6月
- 2025年5月
- 2025年4月
- 2025年3月
- 2025年1月
- 2024年12月
- 2024年10月
- 2024年9月
- 2024年8月
- 2024年7月
- 2024年6月
- 2024年3月
- 2024年2月
- 2023年10月
- 2023年9月
- 2023年7月
- 2023年3月
- 2022年8月
- 2022年6月
- 2022年5月
- 2022年3月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年8月
- 2021年7月
- 2021年6月
- 2021年5月
- 2021年4月
- 2021年3月
- 2021年2月
- 2020年12月
- 2020年11月
- 2020年10月
- 2020年9月
- 2020年8月
- 2020年7月
- 2020年6月
- 2020年5月
- 2020年4月
- 2020年3月
- 2020年1月
- 2019年8月
- 2019年7月
- 2019年6月
- 2019年5月
- 2019年2月
- 2019年1月






